minayuyu2019’s blog

Life is what happens to you while you're busy making other plans.

言葉

人が変わる

 

その現象は多くの場合 言葉の変化から始まる

同じ人がそれまでとは違う言葉を語り始める

その言葉はもちろん人によってさまざまに異なる

 

「がんばりすぎていました。いろいろ考えて、疲れました」

「自分のことがわからなくなりました」

「もう、我慢なんかしないことにしました」

「自分を放っておくことにしました」

 

きっかけとなった言葉は人それぞれ

 

言葉に共通しているものは 古い解釈への決別宣言

解釈とは自分と自分を取り巻く世界に対する解釈

「がんばりすぎていました、もう疲れました」と言うとき

がんばっていたのは

古い解釈でなんとか現実を変えようとしていた自分であり

考えすぎて疲れたのは

自分の現実を理解する効力を失った古い解釈にいつまでも固執していた自分

 

「自分のことがわからなくなりました」という言葉も

人が変わるときに特徴的

これは方向感覚の喪失を訴えている言葉

なぜ、自分がわからなくなったのか?

新しい自分が古い解釈の枠組みを越えて動き出しているのに

それを昔のままの解釈で理解しようとしているから

 

古い解釈が役に立たなくなった

しかし、新しい解釈がまだ自覚されないとき

人はいまだ言葉にはならない新しい動きに身を任せて

「自分を放っておく」ことにするのだ

 

自分の古い枠組みの中に「もう、我慢なんか」している必要はないのだろう

 

人が使う言葉が変わると

同時にその人の語り口と表情も変わる

これは、考えてみれば当たり前のことかもしれない

そのときの口調と表情は発した人の人生にとっては

まったく初めてのものなのだから

 

それは、ほとんどの場合

それまで知らなかった言葉ではないし

単にそのときまで使われなかっただけの言葉

しかし、発した人にとっては まったく新しい言葉の用法

言葉によって何かが表現できたことで、その人の気持ちがすっきりとする

こころが楽になる

重いものが、すーっと消えていく

身体は軽くなる

そのとき、胸のあたりにフッと暖かいものが生まれる

軽く、暖かくなった身体は自然に動きはじめる

いつのまにか、言葉はこころから身体へと広がって

言葉はその人の行動を変えていく

 

古い解釈とは

思い込みであり 現状維持バイアスであり メンタルブロックであり 

さまざま

 

自身の成長を妨げるものであるけれど

新しい解釈から出た風景を見るか見ないかは

 

“言葉”が決める